2020.11.27(金)
今日は叔母をお見送り。
このご時世、近親者だけの葬送だったが、逆にゆっくりお見送りできたかと思う。
家具作家になることに一番応援してくれた叔母だったが、思い返せばそれも頷ける。
私が高校3年生の時に埼玉から移住してきた叔母家族。
老後を生まれ故郷、実家の目の前で暮らしたいと帰ってきた。
当日私は工業高校生で、バブル後半の名残もあり求人数は相当数で県外からも多数求人があった。
当然のように私も県外就職を希望していたのだが、叔母の一言で県内就職することに。
「私たちが帰ってきたのにお前が出ていっては意味がないだろう」
生まれ故郷で暮らす選択の中に私の存在が大きかったことを告げられ思い悩んだのだ。
叔母には2人の娘いたが、はなから嫁に出す覚悟でいたようだ。
だからといえ実家の倅に世話になるつもりで帰ってきたわけではないの重々わかる。
ただあの一言が、私が地元に残るきっかけになったことは間違いない。
その後、県内の電子部品メーカーに就職し、脱サラして家具作家の道に入るわけだが、この生き方も良かったんだから叔母に感謝しているのである。
きっと叔母も自分の一言を覚えていたから応援してくれてたのだと改めて思う。
生きているうちのこの話をしておけば良かったと今更ながら後悔している。
まぁ、気持ちは十分伝わっていたと思うことにしておこう。
Comments